中国植林活動

概要

中国の森林

世界第3位の国土面積を持つ中国は、ロシア・ブラジル・カナダ・米国についで5番目に広い森林面積を擁しています。しかし森林率(総面積に占める森林面積の割合)はわずか17.5%(2000年現在)。世界平均の29.6%にも及びません。(国際連合食糧農業機関編「世界森林白書 2001年」より)

中国を代表する大河、黄河の流域は、古代文明の発祥地であり、古くから農耕が営まれてきました。古代王朝が成立し、次第に人口が増加してくると、食糧や薪炭材、建築材の需要が急増。周辺の森林が伐採され農地に転換されていきました。技術の発展に伴い、鉄器やレンガを生産するための産業用エネルギーとして木材の利用が広がり、万里の長城や宮殿などの大規模な土木工事や船舶の建材として大量の樹木が伐採。また、戦乱により森林破壊が進みました。長年続けられてきた森林破壊は近代以降も続き、第二次大戦後の中華人民共和国建国当時(1949年)、森林率はわずか8%しかなかったと言われています。

森林資源の枯渇と環境の悪化に危機感を持った中国政府は、1979年、新中国初の「森林法」(試行)を成立。森林の保護・管理の強化、国民への植林の奨励と義務化、三北防護林の造成など国家的プロジェクトによる大規模な造林事業を進め、森林の保全・回復に努めています。

水土流失と砂漠化

中国は、内陸部を中心に国土の半分以上が大陸性の乾燥・半乾燥気候で、北西部には広大な砂漠地帯が分布しています。こうした乾燥・半乾燥地域では生態系がもともと非常に脆弱で、森林破壊による植生の消失や、過耕作、過放牧といった過度の土地利用が、しばしば水土流失や砂漠化を引き起こします。

水土流失は、水食や風食などによって養分を多く含む表土が削り取られ、地力が低下する現象です。森林の伐採や開墾、過放牧によって植生が無くなり、地表がむき出しの状態になると、風雨による浸食が始まります。表土が流出し地力が低下すると、植生の自然回復力も低下するため、土壌の劣化はますます進みます。特に山間地や風砂地区では水土流失が起こりやすくなります。

中国では国土の37%の地域において水土流失が見られるといわれていますが、多くの貧しい農家がそうした生産性の低い農地で耕作を続けています。荒廃地化した耕地の放棄や、減った収穫高を補うために新たな耕地を開墾することによって、さらに水土流失が進むという悪循環が起こっています。また、浸食によって流れ出た大量の土砂は、河川やダムに堆積します。ダムの貯水能力は低下し、下流域では土砂の堆積によって河床が浅くなり、洪水被害を激化させます。黄河には年平均16億トンの土砂が流入、毎年8~10センチメートルずつ河床が上昇しています。

砂漠化とは、乾燥・半乾燥・乾燥半湿潤気候の、本来、植物が生育できる地域において、人為的影響により地力が著しく低下し、植生が長期間喪失してしまった状態のことで、過放牧、過耕作、森林の過剰伐採など、その土地の許容限度を超えた土地利用によって、土壌の劣化や固定砂丘の活性化を招くことによって引き起こされます。
中国国内に分布する砂漠の総面積は約174万平方キロメートル、国土面積に占める割合は18.7%。年に平均2460平方キロメートずつ拡大していると言われています。

黄砂による被害

黄砂とは、中国内陸部の砂漠や黄土高原から強風によって大気中に舞い上がった砂が落下する降塵現象です。日本にも偏西風によって運ばれ、主に春先に見られるため、春の風物詩と言われてきました。

黄砂の発生源となる中国内陸部の乾燥地域では、春にしばしば強風が発生し、砂を巻き上げてはげしい砂塵嵐が起こります。家屋の倒壊や埋没、遭難や事故、呼吸器系等への健康被害などにより死傷者が出るほどの甚大な被害をもたらします。

農業被害も深刻で、耕地の埋没、作物の枯死、家畜の遭難や死亡などにより、被害は毎年7千億円相当にも及ぶといわれています。

近年、大規模な砂塵嵐が頻発するようになり、被害がひどく、広範囲にわたるようになっています。気候変動による内陸部での少雨と高温、気流の変化、荒廃地や砂漠の拡大が影響していると言われています。

植林に期待される効果

乾燥がはげしく、水土流失により地力の低下した地域では、自然に植生が回復することは非常に困難です。また、裸地化した状態のまま放置すると水土流失はさらに進みます。
植林をすることで、樹木の働き(土壌・水分を保持する、風雨の衝撃を和らげる、日陰を作る、葉を落として土を肥やす)によって土壌環境が改善され、植生の回復、水土流失の防止、さらには黄砂の飛散を抑えることが期待されます。
また、植林地を森林公園として整備し、市民に緑と親しむ場所を提供することで、市民の植林への関心が高まることが期待されています。

財団法人 緑の地球防衛基金は
中国陜西省の黄土高原南端にて
植林事業を進めています。

黄土高原(おうどこうげん)

黄河中流域に広がる海抜1000~2000メートルの高原地帯。年間降雨量は300~700ミリの半乾燥地。強風によって砂漠地帯から運ばれた黄砂(こうさ)という砂が、長い年月をかけて70メートルほどの厚さに堆積している。

黄砂は石英を主成分とする微細な砂で、保水力が低く、乾燥するとカチコチに固まる。有史以前は豊かな植生に覆われていたと言われているが、気候が乾燥化したことや、乱伐や開墾により水土流失が進行したことにより、現在では荒涼とした土地が広がっている。

中国陜西省韓城市象山緑化事業

事業内容 象山緑化事業へ技術、資金、物資の支援
植林ボランティアの派遣
期間 1991年度~2000年度(10年計画)
カウンターパート 中国陝西省韓城市農林局
活動地域 中国陝西省韓城市象山

韓城市

古都、西安の北東270kmの黄河沿いにあり、黄土高原の南端に位置する。西漢時代の史学家、司馬遷など、古代から名士を輩出した地域でもあり、炭鉱とサンショウの生産地として知られている。

総面積1,621平方キロメートル、森林面積は26%。総面積の7割が山地だが、その多くがハゲ山である。かつて豊かだった山林は焼畑などによって失われ、土壌流出が進みハゲ山になった。

人口は32万人余り、78%が農業を営む。住民の緑化への意欲は高く、市内各所で着々と植林が進められていた。中国全土の中では緑化が進んでいる方で、2千以上ある県や市のうち、緑化実績は百以内に入る。

象山

標高約640メートル、総面積77.5ha。そのうち植林可能な面積は67.2ha。なだらかな丘のようでその名の通り遠くから見るとゾウの形に見える。土中に岩石質が多く、地元では「石の上に土の帽子をかぶった山」といわれている。乾燥がはげしく、年間平均降雨量500ml以下。

周辺には炭田、火力発電所、市街地などがあり、空気や川の水も汚染が進んでいる。

植林事業開始

中国では、毎年、3月12日は「植樹節」。各地で市民が集まり植林を行う。

象山で緑化事業開始記念式典を開催。
当基金から会長やボランティアらを現地に派遣、植林に参加した。

山頂付近に建てられた記念碑の除幕式で、植林のために集まった韓城市民を前に、当基金会長(当時)がスピーチ。
「私たちの生活を守るのは森林です。10年間、手をたずさえて象山緑化に努力しましょう」と呼びかけた。

(写真:1992年3月)

日中緑化協力の記念碑

「中国・韓城市人民政府、日本国・緑の地球防衛基金合作建設、象山緑化工程1991年-2000年」と彫られている。

事業開始時点ですでに終了年度まで彫られてしまっている。「途中で挫折できないな」と基金関係者は苦笑した。

(写真:1992年3月)

象山の植林予定地

式典参加後、植林地へ向かう韓城市民。
山中に樹木はほとんど見あたらない。

平らに開墾された耕作地では、麦やトウモロコシが栽培される。

(写真:1992年3月)

貯水池

直径25メートル、深さ4メートル。配水管を敷設し、麓の川から水を汲み上げる。

同市農林局では生態環境の改善と景観美化のため幾度か植林を試みたが、はげしい乾燥のため失敗に終わっていた。

当基金の支援決定をうけ、まずは山中に植林作業効率化のための簡易公道の敷設、乾燥対策として貯水池、給水管など給水施設を設置した。

(写真:1993年9月)

植林地

植樹は春と秋に行う。特に春の植樹節に市民の協力により大々的に植林。

活着率を良くするため、ある程度大きく生長した苗木を植樹する。
土中に岩石質が多いので、植林の前に石を掘りだして肥えた土を入れかえる。

その他の時期は整地、穴掘り、樹木の育成管理を行う。
乾燥が厳しいので、植林後の灌水が重要。活着率に影響する。

(写真:1993年9月)

ニセアカシア

象山に植林した樹種の中で一番活着率が良かったのは乾燥に強いニセアカシアで、土砂崩れの防止に効果があるといわれている。

他に、マンシュウクロマツ、コノテガシワ、アカナツメなどが多く植えられた。

この地域特産のサンショウも植えられた。サンショウ、アカナツメの実は市場に出荷され、収益となった。

同じ山中でも場所によって適する樹種が違うため、枯死した苗木を抜いた後には他の樹種を補植した。

(写真:1993年9月)

スプリンクラー

植林事業が進むにつれて灌水に必要な水の量が増え、また、異常気象による降水量不足により、貯水池の水量では間に合わなくなった。

15キロ離れたダムから水を補給することになり、市民用給水パイプから山頂の貯水池まで水を汲み上げる揚水施設を設置。

スプリンクラーを3基設置。灌水設備の補充により、各樹種とも設置前に比べ苗木の活着率が改善された。

象山森林公園の門

山頂に森林公園を造成。山門やあずまやなどを設け、市民の憩いの場となった。

3~10月の行楽シーズンには毎日、20~50人の市民が入山、夏には2百人以上がハイキングに訪れた。

(写真:2000年6月)

象山緑化事業終了

10年計画終了時点(2001年3月)の生存木は24樹種、222,372本。当初目標の22万本を上回った。
植林作業の参加者は延べ、5万人以上。

あずま屋に設置された植林完了の記念碑には、象山植林のあゆみと、日中双方の植林参加者の名が刻まれていた。
韓城市長と当基金理事で、記念碑の除幕、記念植樹を行った。

(写真:2001年3月)

銅川市南寺山緑化・水土流出防止事業

事業内容 ・南寺山緑化・水土流出防止事業への技術、資金、物資の支援
・植林ボランティアの派遣
期間 2000年度~  継続中
カウンターパート 中国陝西省銅川市農林局
活動地域 中国陝西省銅川市南寺山

銅川市

人口85万人。石炭等の地下資源が豊富。森林率は24%。市民の半数は農業を営んでおり、黄砂の被害に悩まされている。

南寺山

西安の北方120km、黄土高原の南端にあたる。標高590m、年間降雨量は450~610ml、年平均気温は12.3度。市街地に近く、山沿いに鉄道、高速道路が走る。近くに観光名所の耀州窯博物館があり、年間10万人近い観光客が訪れる。博物館から植林地が見渡せることから、樹形の美しいコノテガシワ(中国原産)を植えて観光客に植林地をアピールし、植林への関心を高めることが期待される。

南寺山の植林地

なだらかな丘のような象山に比べ、南寺山は地形が険しく、植林できる土地の面積が全山表面積の41%ほどしかない。

植林事業開始にあたり、コノテガシワ、ニセアカシア、マンシュウクロマツ、サンショウ、ナツメの5樹種、各10本の苗木を試験植樹した。
地元原産種を優先し、試験植林の結果を見て植林樹種を決める。

(写真:2004年3月)

乾燥に耐えられるように、大きめに育てた苗木を植える。植え穴は直径、深さとも1mに掘る。

下刈りは年2回、植樹後3年続け、3年で枝打ちをする。

植林後の水やり

乾燥がはげしいため、給水施設の設置が欠かせない。
コンクリート製の貯水槽2個、深井戸から水を汲み上げるための電力設備を設置。
山中各所に放水管を敷設。
南寺山は起伏が激しく、死角ができるため、スプリンクラーは導入できない。

写真は給水施設が未完成だった時期の灌水の様子。
麓の川から水を汲んで給水車で植林地まで運び、バケツと天秤棒で灌水している。

(写真:2003年3月)

植林地の中の麦畑

一面に生えている緑の草は近隣の農家が許可を得て栽培している麦の苗。
その脇に植えられている常緑樹が植林した苗木。

中国政府は山間地の耕地を林地へ転換することを奨励している。

(写真:2003年3月)

植林されたサンショウの木

サンショウはこの地方の名産で、南寺山でも市場での出荷をめざして多く植えている。

土壌の栄養分が少なく、保水力も低いため、事業開始当初は活着率が低かった。
試行錯誤の結果、適地適性樹種や灌水の必要量などが分かってきたため、次第に良好な活着率を維持できるようになってきた。

枯死の主因は乾燥。近くのセメント工場から飛散するセメント粉や黄砂の嵐も一因と考えられる。
給水施設の完備と、苗木購入の際の念入りな検査が活着率の保持に役立っている。

写真は植林されたイブキの苗木。

乾燥に強いヒッポファエの苗木

事業開始当初、象山にくらべ黄土が比較的やわらかいため植林しやすいのではと思われたが、乾燥は象山よりも更に厳しい。

砂漠に植える樹種としてしられる2樹種を植林したところ、活着率ポピュルス93%、ヒッポファエ95%と良好な生育ぶりを見せた。

山中の畑
山中の畑でトウモロコシを栽培する農家。

ナツメ

タイワンネズ

中国植林支援のあゆみ

年度 活動内容
陝西省韓城市象山 1990 ・中国陜西省からの招請をうけ、黄土高原緑化支援検討のため現地へ理事を派遣。韓城市内の植林候補地、数ヶ所を視察。
・理事会にて支援を決定、実施地を象山に決める。
・中国側から実施計画書が届き、理事会での審議によって初年度の助成金額が決定。
・事業開始準備として、山中に簡易公道の敷設、給水施設、貯水池、給水管の敷設工事が進められる。
1991 ・中国陝西省韓城市象山緑化事業開始。第1回助成金を送る。
・山頂付近に貯水池、配水管などの給水施設を設置。貯水池にはふもとの川から水を汲み上げる。
・植樹節の式典へ会長、理事、ボランティアを派遣、韓城市民ら5千人とともにアブラマツなど11樹種4万2千本の苗木を植えた。
1992 ・植林作業用の四輪駆動車を寄贈。
・理事を派遣、植林地を視察。
1993 ・山腹に育苗所を設置。
・植林後の管理をするために「象山緑化管理站」を設置。管理事務所に管理人15人が常駐、灌水など植林後の育成管理を行う。
・理事、ボランティアを派遣、植林地の生育調査、植林。
1994 ・会長、ボランティア派遣、韓城市民らとともに植林。
1995 ・緑化可能面積(約68ha)の約90%に植林。活着率80%以上。
・頂上付近に森林公園づくりの一環として東屋「朝陽亭」を建てる。
1996 ・管理組織を拡充。植林後の管理を強化したため活着率が好調。
・職員派遣、植林、生育調査。市民のべ1万8千百人が参加、7樹種2万4千2百本を植えた。
・植林した樹種、のべ20種。生存木18万2千257本。活着率72%。ニセアカシア、コノテガシワ、マンシュウクロマツが全生存樹木数の88%を占め、他の樹種に比べ象山での植林に適している様子。
1997 ・異常気象による少雨により、また山中の樹木が増えるにしたがい、水が不足。給水施設の拡充が必要になった。貯水池へ水を汲み上げるための揚水施設、散水器の設置工事を進める。
・約2百日間、雨が降らず。乾燥により植樹したコノテガシワ1万2千本のうち半数が枯死。給水設備の工事を急ぐ。
1998 ・山西省の専門家を呼び、野生のアカナツメ1万5千本に接ぎ木。
・ダムから山頂の貯水池へ水を引く揚水施設が完成。固定式スプリンクラー1基、移動式2基を設置。
・山頂付近に森林公園建設。
・職員派遣、生育調査、給水関係施設の点検。植林した樹木のうちニセアカシア、コノテガシワ、マンシュウクロマツの3樹種で生存樹木の90%近くを占め、そのうち、ニセアカシアが全体の60%を占める。サンショウ、リンゴ、サクランボなどの果樹の生育も順調。
1999 ・職員を派遣、生育調査、森林公園造成の進行状況調査。山腹に環状道路が通り、散策路やコンクリート製ベンチ、ひょうたん池と噴水付きのゾウの像、あずま屋、小公園が完成。休日には市民が訪れゴミがめだつようになってきた。ゴミ箱の設置やゴミ持ち帰り運動などの対策を考える。
・活着率が良い樹種はニセアカシア90%、アカナツメ85%、マンシュウクロマツ、ハゼノキ、サンショウ、リンゴ各80%。
スプリンクラーの設置によりそれぞれ活着率が15%ほど上がった。常緑樹で地元種のコノテガシワも50%から65%になった。
ニセアカシアは8年前に植えた1メートルの苗木が平均10メートルに生長。コノテガシワは7年で30センチの苗木が280センチに、マンシュウクロマツは7年で30センチから276センチに、タイワンネズは8年で70センチから310センチに生長。アカナツメは5センチの野生幼木に接ぎ木を行い、1年で150センチに生長した。
2000 ・職員、ボランティアを派遣、生育調査。生存樹木は22万371本。活着率76%。特別にお願いした日本風のあずま屋が完成。韓城市市長と当基金理事で、植林完了の記念碑を除幕、記念植樹。
・森林公園が完成。
・象山の植林事業完了
・銅川市での植林緑化モデル造成事業、現地からの要請書を検討、理事会で支援が承認。南寺山の植林緑化モデル造林事業開始。理事を派遣。土壌調査、試験植林、植林方法について農林局関係者と話し合い。
銅川市南寺山
2001 ・南寺山へ、職員、ボランティアを派遣、植林。試験植林の結果、7ヶ月後の活着率はニセアカシア78%、ナツメ58%、サンショウ70%、タイワンネズ86%、ヒノキ81%。少雨により生育は良好とはいえない。
・植樹節に職員、ボランティア派遣。住民ら3百10人が約4万1千本の苗木を植えた。
・8樹種5万1千80本を植林、平均活着率84%。コノテガシワ、ニセアカシアの生育が良好。象山では良く植えられたマンシュウクロマツは南寺山には適さない様子。
2002 ・職員派遣、生育調査。植林した樹木は、のべ11樹種8万5千338本、活着率は70~90%。活着率は最高が砂漠用樹種ヒッポファエ90%、タイワンネズとコノテガシワ86%、ポピュルス82%、イブキ81%、ヒマラヤスギとトウネズミモチ80%、ヒノキ79%、ニセアカシア78%、サンショウとサクラ70%。
・給水対策として山の一角にコンクリート製の貯水槽(容量200立方メートル)が完成。
・職員、ボランティアを派遣、植林に参加。市民ら4千2百人と協力して、7樹種1万9千6百本を植えた。
2003 ・貯水槽から各植林地への給水パイプの配管工事をはじめる。これまで利用していた麓の川の水は、近隣の市街地、工場などの排水が流れ込んで汚染されているので、貯水槽へは近くの深井戸から地下水を汲み上げる。
・植樹節に職員を派遣、市民ら約1,200人が参加し、イブキ、タイワンネズ、カシワなどを植樹。麓の市街地から見栄えがするよう、崖の縁には常緑樹のイブキ、タイワンネズ、カシワを植え、内側にはサンショウを植える。事業開始から植えた樹木は11樹種7万7千972本。活着率もほとんど80%以でほぼ良好。起伏が激しいため、植林できる面積が少ない。植林した面積は適地の半分を超えた。
・給水施設の配管工事は、動力用電線が盗まれるなどして停滞、配管敷設は目標の8キロのうち3キロまで敷設。
2004 ・職員、ボランティアを派遣、生育調査。貯水槽から水を受けるための給水器が完成。
・2個目の貯水槽(容量300立方メートル)が完成。深井戸から水を汲み上げるための電力設備工事も完了。山中に放水管を設置し、灌水に活用。
・管理所を建設。植林後の灌水、除草、防火、病虫害防止などに必要な資材を置いたり、管理作業に役立てる。
2005 ・職員派遣、生育調査。植林した樹木はのべ12樹種9万3千580本。カキなど果樹の栽培を農家に依頼し、試験植樹を始める。
植林面積が、植林適地面積の65%に達した。今後は麓の国道沿いの土地や、山中の畑などを農家の了解を得ながら植林地に転換するなど、植林適地の拡大を進める。
2006 ・イブキ、タイワンネズ等5樹種1万3千本を植林。
2007 ・大石正光会長が現地視察
・イブキ、コノテガシク等6樹種1万8千100本を植林。
2001年からの累計は13万680本、植林面積(退耕還林10ヘクタールを除く)は32.75ヘクタールと、植林計画の81%を完了
2008 ・新たにコマツナギ、エンジュを植林するなど8樹種7千200本を植林
・2001年からの累計は13万7千880本、植林面積(退耕還林10ヘクタールを除く)は36.9ヘクタールと、植林計画の92%を完了
2009 ・イブキ、コマツナギなど7樹種4千500本を植林
・2001年からの累計は14万2千380本、植林面積(退耕還林10ヘクタールを除く)は38.75ヘクタールと、植林計画の97%を完了